三越百貨店インテリア担当から弁護士へ【前編】

最終更新日: 2026年05月07日

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執筆: 弁護士 根來真一郎

1. ラグビー部出身の素人がインテリアの世界へ

三越のインテリア担当から弁護士になった筆者が提案する、洗練されたリビングインテリアのイメージ

三越で家具の販売や仕入れを担当

私はかつて、株式会社三越(現・三越伊勢丹)に勤務し、家具の販売や仕入れを担当していました。日々の接客では、ダイニングテーブルやデスク、照明、カーテン、ラグなど、住空間を彩る多様なアイテムを扱っていました 。

しかし、単に商品を販売するだけでは足りないと感じるようになりました。

お客様が実際の住まいでどのような生活を送り、どのような時間を過ごしたいのかという、生活全体を見据えた「総合的な提案」ができてこそプロであると、強く意識するようになったのです。

インテリアコーディネーター資格を取得

この課題意識から、インテリアを体系的かつ横断的に学ぶため、インテリアコーディネーター資格の取得を決意しました 。当時の試験は、マークシート式の学科試験に加え、論文試験、そして実際に製図を行う図面作成試験が課される、非常に本格的でハードなものでした。

実を言えば、大学時代はラグビー一筋の生活を送っていた私にとって、インテリアに関する専門知識は皆無の状態でした。ミース・ファン・デル・ローエの「バルセロナチェア」、ル・コルビュジエの「シェーズロング」、アルネ・ヤコブセンの「エッグチェア」、そしてハンス・ウェグナーの「Yチェア」など、今でこそ名作とされる椅子も、恥ずかしながら売り場に立って初めてその名を知ったというのが実情です。

図面作成の勉強も、驚きと発見の連続でした。「パース(透視図)とは何か」という初歩的な段階から始まり、「三角スケール」「テンプレート」「字消し板」といった専門道具の存在に触れるたび、世の中にはこれほど精緻で便利な道具が存在するのかと感銘を受けたものです。

まさに「素人以下」の状態からのスタートでしたが、人間工学の理論やインテリアの歴史、そして泥臭く繰り返した図面作成の練習を経て、なんとか合格できました。

今でも家具をチェックしてしまう

試験に合格する過程で得た体系的な知識や日々の経験は、お客様に対する接客への自信へとつながりました。

現在は弁護士となり、家具の販売や仕入れに直接携わることはなくなりました。

しかし、今でも街の喫茶店や店舗に入れば、「ルイスポールセンの照明だな」「やはりYチェアはどこでも愛用されている」「アントチェアの曲線もいいな」「こんなところにキリムが!」と、ついつい内装をチェックしてしまいます。

2. 華やかな催事の裏側

百貨店の広告などで見かける「家具インテリアバーゲン」などの華やかな催事の裏側では、大変な設営作業が行われています。

通常、大規模な催事では多くのメーカーが家具を一斉に搬入するため、搬入や設営、装飾のために丸1日を充てるのが理想です。しかし、百貨店にとって搬入日のために営業を休止することは、丸1日分の売上を失うことを意味します。

売上目標達成のため、営業日を削るわけにいかず、結果として百貨店によっては閉店後にすべての作業を行う「一夜替え」という強行軍がとられることがあります。

インテリアの現場は担当者のこだわりが強く反映されるため、細部の装飾まで徹底的に手を加えます。そのため作業時間は膨れ上がり、なんとか終電までに帰宅できれば「今日は無事に終わった」と胸をなでおろすほどの現場でした。

【法的視点】固定残業代の有効性を再確認する

インテリア業界の労働問題や固定残業代について解説する根来真一郎弁護士
こうした「一夜替え」のような長時間労働が発生する現場では、多くの会社で「固定残業代(みなし残業代)」制度が採用されています。サラリーマンの方は「固定だから仕方ない」と諦め、経営者の方は「払っているから安心だ」と考えているかもしれません。

しかし、固定残業代が法的に認められるためには、以下の要件を原則として満たす必要があります。
会社規程や契約書への記載
制度の内容が就業規則、賃金規程、雇用契約書などに明確に定められていること。

判別可能性
基本給などの通常の賃金と、割増賃金(残業代)相当分が明確に区別して支払われていること。

差額の支払い
実際の残業時間が固定額の想定を超え、法定の残業代額が固定額を上回った場合には、その不足分(差額)を別途支払うこと。

「固定だから」と諦めている従業員の方や、支払っているから安心だと考える経営者の方は、今一度運用の適正さを確認してみてください。

3. 家具配送の現場で起きるトラブル

家具販売において「配送」は、お客様へ商品をお届けする極めて重要な工程です。家具は商品の性質上、持ち帰りが難しいため、配送設置が必須となりますが、トラブルの多発する場でもあります。

急な配送日の変更依頼、届いた商品の色味や木目が売り場で見た印象と異なるといった不満、搬入作業中に大切なお客様の家屋を傷つけてしまう事故、搬入作業員が腰を痛める事態、さらには部品不足による組み立て不能まで、不測の事態への対応を迫られます。

私自身も三越時代、何度も配送の現場に立ち会い、冷房のない過酷な環境下で、汗だくになりながら重い家具の搬入を直接手伝った経験があります。

【法的視点】配送作業中の負傷と「労災」

家具の配送や設置といった肉体労働に従事する際、懸念されるのがけがのリスクです。特に重い家具を搬送して腰を痛めるケースは珍しくありません。

従業員が配送中に負傷した場合、それは「業務災害」として労災保険の給付対象になるのでしょうか。労災として認められるには、以下の2つの基準が重要です。
業務遂行性
労働者が事業主の支配・管理下にある状態で発生したこと。

業務起因性
業務そのものに伴う危険が現実化して負傷につながったこと。

たとえば、配送作業中に重い荷物によって腰に急激な負荷がかかり、腰痛を発症したのであれば、個別事案によりますが、業務起因性・業務遂行性が認められ、労災保険の給付がされることもあります。

4. 全国を巡る仕入れ

インテリアファンや業界関係者にとって、「旭川」「大川」「飛騨」などの地名は、高品質な国産家具の産地として特別な響きを持ちます。

仕入れ担当時代、私は新しい商材を求めてこれら産地の展示会へ頻繁に足を運んでいました。産地では職人さんたちのこだわりを直接聞き、どれを店頭に並べるか真剣に吟味するプロセスは非常に刺激的なものでした。

思い出深いのは、自ら自信を持って仕入れたセール用商材が思うように売れず、パニックになりかけた時のことです。焦りを感じた私は、自ら売り場に立ち、商品の魅力を必死にお客様に伝えて、なんとか完売させました。

産地の想いを知っているからこそ、最後まで売り切るという強い執念が生まれたのだと思います。

【法的視点】出張の移動時間は「労働時間」か?

産地への出張には長時間の移動が伴いますが、これが「労働時間」に該当するかは実務上の重要な争点です。労働基準法上の「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。

一般的には、出張の移動時間は会社や上司の具体的な指揮・命令が及ばないため、通勤時間と同様に「原則として労働時間には該当しない」と考えられています。行政通達も同様の立場をとっています。

ただし、以下のような特段の事情がある場合は別です。
① 重要な商材や書類の運搬・監視を指示されている場合
② 移動中に具体的な業務を遂行するよう命じられている場合

このように、移動時間が労働時間に該当するかは、個別具体的な事情によって客観的に判断されます。

5. 家具メーカーや問屋の営業担当者との密な関係と突然の別れ

百貨店社員と、家具メーカーや問屋の営業担当者は、売り場の世界観を作るためのパートナーです。

展示スペースの確保や、ブランドの魅力をいかに表現するか、セールの目玉商品をどう設定するかなど、営業担当者には無理を聞いてもらうことも多く、非常に密な協力関係を築きます。

しかし、組織に属するサラリーマンである以上、避けて通れないのが「異動(配転)」という宿命です。互いに信頼を深め、ようやく息が合ってきたと思った矢先に、自分や相手が担当を外れてしまう。これは、百貨店という組織で働く以上、避けることのできない側面でもありました。

【法的視点】「異動(配転命令)」の法的有効性

法律上、異動は「配転」と呼ばれ、職務内容や勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものを指します。

通常、就業規則に「就業の場所や業務の変更を命じることができる」との規定があれば、会社は業務上の必要性に基づいて配転を命じることができます。

しかし、配転命令が無制限に有効なわけではありません。以下のケースでは、権利の濫用(正当な権利の範囲を超えた行使)として無効とされる可能性があります。
① 業務上の必要性が存在しない場合
② 不当な動機や目的(嫌がらせ等)で行われた場合
③ 労働者に、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合

たとえば、単身赴任を伴う異動については、現在の日本の労働慣行上、総合職社員に対して多様な職種を経験させる「ジェネラリスト育成」の必要性が高く認められやすい傾向にあります。また、単身赴任手当等の整備も考慮されるため、多くの場合、原則として「通常甘受すべき範囲内」と判断され、命令は有効となります。

6. 資格を更新して学び続ける

インテリアコーディネーターの資格は一度取得すれば終わりではなく、5年ごとの更新が義務付けられています。

仕事に打ち込んでいると5年という月日はあっという間に過ぎ去りますが、更新のたびに三越時代の猛勉強を思い出します。過去問を解き、パースの練習に明け暮れ、分厚いハンドブックを読み込んでいた日々は、今の私の基礎となっています。

更新に際して届く「IC・KS読本(インテリアコーディネーター・キッチンスペシャリスト読本)」には、住宅インテリアの最新技術、リフォーム情報、関連法規の改正動向、そして最新のデザイン傾向などが満載で、非常に読み応えがあります。

更新のためのeラーニングでは難易度の高い問題も出題されますが、これらをクリアすることで専門家としての視点を維持し続けています。

三越での現場経験、そしてインテリアコーディネーターとしての知識は、現在の弁護士としての活動においても、家具業界の実務を深く理解するための強力な武器となっています。

もし、家具販売や仕入れの現場を知る弁護士に相談したいという方がいらっしゃいましたら、いつでもお気軽にご連絡ください。

執筆: 弁護士 根來真一郎