民事信託は複雑?他の生前対策と比較して解説!
1. はじめに:民事信託は複雑?
相続対策の選択肢として「民事信託」という言葉を耳にする機会が増えました。
しかし、ご自身で調べてみても仕組みが複雑であったり、専門書を読んでも難解であったりと、結局使えるのかどうかが分かりにくい、と感じる方も少なくありません。
そのような方のために、民事信託を他の代表的な生前対策と比較しながら、そのメリット・デメリットを分かりやすく解説します。
2. そもそも民事信託とは?
民事信託とは、自分の財産を信頼できる人に託し、契約で定めた目的に従って、託された人がその財産を管理・処分する仕組みのことです。
民事信託では、次のような当事者が登場します。
① 委託者(いたくしゃ)
財産を託す人(=もとの財産所有者)です。
② 受託者(じゅたくしゃ)
財産を託され、管理・処分する人です。
③ 受益者(じゅえきしゃ)
信託された財産から生じる利益(預金の利息や不動産の賃料など)を受け取る人です。
重要なのは、信託契約を結ぶと、財産の名義(所有権)が委託者から受託者に移転する点です。
ただし、受託者は自分のために財産を使えるわけではなく、あくまで信託契約で定められた目的と権限の範囲内でしか財産を管理・処分できません。
3. 民事信託のメリット
特に注目される信託契約のメリットは、次の2点です。
① 認知症などによる資産凍結の防止
相続税対策などで処分予定の財産を信託しておくことで、認知症になってしまっても、当初の予定どおりに財産を処分できます。
② 円滑な財産の引継ぎ
相続財産を信託しておくことで、自分が亡くなった後も、受託者が銀行から容易にお金を引き出して葬儀費用に充てたり、遺産分割が成立するまで不動産を管理したりできます。
では、これらのメリットは他の制度では実現できないのでしょうか?
ここからは、様々な生前対策と比較してみます。
4. 生前贈与との比較
たとえば、生前に財産を子どもへ贈与してしまう方法です。
自分が亡くなる前に贈与してしまえば、亡くなった後も銀行からお金を引き出して葬儀費用に充てることはできます。
この方法も有効ですが、自分が認知症になるなどで判断能力を喪失してしまうと、自分の意思で贈与できなくなります。ただし、民事信託も契約ですので、検討中に判断能力を喪失してしまうと、信託契約を結ぶことはできません。
また、贈与には贈与税という税金がかかります。信託は、委託者と受益者が同一人物である「自益信託(じえきしんたく)」の場合、実質的な財産の移転はないとみなされ、贈与税はかかりません。
民事信託は、税金の点でメリットがあるといえるでしょう。
5. 売買との比較
たとえば、子どもに不動産などを売る方法です。
こちらも売買契約になりますので、判断能力があるうちに進める必要があります。
しかし、売却によって利益が出た場合、売主である親に譲渡所得税がかかります。
また、時価よりも著しく低い価格で売買すると、差額分が贈与とみなされ、買主である子に贈与税が課されるリスク(みなし贈与)があります。
さらに、そもそも子がその金額を払えなければ実現しません。
信託であれば、買主が売買代金のような大きな資金を用意する必要なく、管理権限を移すことができます。不動産取得税や登録免許税などの費用はかかりますが、売買に比べて子の金銭的負担を抑えられるケースが多いでしょう。
6. 委任との比較
財産管理・処分を委任契約で第三者に任せる方法です。
第三者に財産管理を任せる委任契約は、本人(委任者)が死亡すると終了します。
また、民法上、本人が「後見開始の審判」を受けた場合も契約は終了するため、認知症対策としては不十分な場合があります。
さらに、委任された側(受任者)は、原則としていつでも契約を解除できます。
一方、民事信託は自分(委託者)が亡くなっても契約内容によっては終了しません。また、受託者は、法律に定める手続きによらなければ一方的に辞任できません。
委託者の判断能力の喪失や死亡にかかわらず、契約にしたがって財産管理を任せられるという点は民事信託のメリットになります。
7. 法定後見・任意後見との比較
判断能力が不十分になった方の財産を保護するための制度です。
任意後見は、本人の判断能力があるうちに将来の後見人と契約を結んでおく制度です。
いざという時に備えられますが、後見人には取消権がないため、本人が不利な契約をしてしまった場合に取り消すことはできません。
法定後見は、判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が後見人を選任する制度です。
財産は厳格に管理されるため、柔軟な活用(生前贈与や積極的な資産運用など)は難しくなります。
また、居住用不動産の売却には裁判所の許可が必要です。
さらに、いずれの制度も死亡後の財産管理をすることはできません。
委託者の判断能力が失われたり、委託者が亡くなったりした場合でも、契約にもとづいて財産管理を継続できる点は、民事信託の大きなメリットです。
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8. 遺言との比較
遺言は、最も一般的な生前対策です。
遺言は、本人が死亡することにより効力が発生します。そのため、生前の財産処理には使えません。
また、本人の死亡後、金融機関は口座を凍結します。
遺言書があっても、相続人が戸籍謄本や印鑑証明書など多くの書類をそろえなければ預金を引き出すことはできず、時間がかかります。
一方、信託された預金は、受託者名義の信託口口座で管理されます。この口座は委託者個人の口座ではないため、委託者が亡くなっても凍結されません。
これにより、受託者は必要なときに速やかにお金を引き出し、葬儀費用や各種支払いに充てることが可能です。
なお、遺産分割前でも相続人が単独で一定額を引き出せる「預貯金の仮払い制度」があります。しかし、信託のほうがより柔軟で高額な資金移動に対応できます。
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9. まとめ:比較検討して適切な対策を実現
民事信託は他の生前対策の「弱点」や「手の届かない部分」を補うことができる、非常に柔軟で強力な制度です。「認知症による資産凍結」と「死後の手続きの煩雑さ」という二大リスクに、一体的に備えられる点が最大のメリットといえるでしょう。
一方で、民事信託も万能ではありません。たとえば、相続税の直接的な節税効果は限定的であり、相続人間の争いを防ぐ遺留分の問題を完全に解決できるわけでもありません。
そのため、各制度のメリットとデメリットを把握し、ご自身の状況に合わせて最適な対策を選択することが重要です。
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執筆: 弁護士 杉山賢伸