医療現場における医療倫理~インフォームドコンセントの問題と対策を中心に

開催日時:
2019年10月26日 17:00 〜 18:00
セミナー分類:
交通事故
主催:
茨城県臨床整形外科医会等
講師:
大澤 一郎 大澤 一郎のプロフィール
対象者:
主に整形外科医の先生方

医療現場における医療倫理~インフォームドコンセントの問題と対策を中心に

セミナー報告

<概要>

運動器疾患・骨関節フォーラムの1講座としてインフォームドコンセントの問題などを中心にお話させていただきました。その他、「骨組織及び臨床データから見えてきた各種骨粗鬆庄治療薬の作用」、「骨粗鬆庄性椎体骨折の診断と治療」という演題で大学教授などが講演をされました。40人前後の皆様にご参加いただきました。

<具体的な内容>

  • 自己紹介(医療機関の顧問実績等)
  • インフォームドコンセントの目的、説明義務総論、説明義務各論、整形外科領域を中心に争いとなった事案の解説、交渉・裁判を有利に進めるポイントなど
  • 異常死の届出義務、医療事故調査制度、応召義務、医療訴訟など
  • 患者クレーム、未収金回収、SNS等の情報管理対策、交通事故事案の対処法、合意書の作成方法など

研修会に関連する質問と回答

Q 研修会でお話があった医師の過失が否定された杏林大学付属部医学病院割りばし死事件とはどのような事件ですか?
  • 医師の過失が民事事件、刑事事件共に否定された事件です。この事件を契機としてハイリスクの治療を行う医師の数が減り、医療崩壊が大きく進行したとされています。

【解説】
1 事件の経緯の概要

  • 平成11年7月 事件発生
  • 平成12年7月 警視庁,担当医を業務上過失致死の容疑で書類送検
  • 平成12年10月 両親が9000万円の損害賠償を求めて訴訟提起(民事訴訟)
  • 平成14年8月 東京地方検察庁が在宅起訴(刑事訴訟)
  • 平成18年3月28日 東京地方裁判所無罪判決(刑事訴訟)
  • 平成20年2月12日 東京地方裁判所請求棄却(民事訴訟)
  • 平成20年11月20日 東京高等裁判所無罪判決(刑事訴訟確定)
  • 平成21年4月15日 東京高等裁判所控訴棄却(民事訴訟確定)

2 事案の概要

  • 刑事事件
    第1次、第2次救急の耳鼻咽喉科の当直医として割り箸の刺入による頭蓋内損傷を負った患児を初めて診察した段階で,直ちに頭蓋内損傷を疑ってCT検査やMRI検査をすべき注意義務はないとして無罪を言い渡した。
  • 民事事件
    綿菓子の割り箸をくわえたまま転倒し、軟口蓋を受傷したとして,病院で受診したが、担当医師が身体状況や受傷機転等の情報から頭蓋内損傷が予見できたのに、十分な検査を行わず、頭蓋内損傷を看過し、適切な治療を行わなかったため死亡するに至ったとして、債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償を求めた事案で、医師が頭蓋内損傷を具体的に予見することが可能であったとは認められないとして請求を認めなかった。

3 刑事訴訟での無罪の理由

軟口蓋に刺入した異物が頭蓋内に至る主な可能性としては、①本件と同様に頸静脈孔を通って頭蓋内に刺入する道筋と、②頭蓋底を穿破して刺入する道筋があり得るが、①の道筋は、本件をきっかけとしてそのようなものがあり得るということが認識されたものであって、診察・治療当時においては、そのような事例はなく、そのような可能性があることさえ知られていなかった。

また、②の道筋についてみると、頭蓋底は脳幹を保護するため、比較的骨の厚い部分が多いことなどから、割りばしのような異物が頭蓋底を穿破することはないだろうと考えられていた。

文献上も、頭蓋底を穿破した事例の報告は見当たらず、わずかに、頭蓋の下の斜台と頸椎の境目から塗りばしが刺入した事例が「小児頭部外傷」という書物に掲載されてはいるものの、当該書物は耳鼻咽喉科の医師が一般に見るものではなかった。加えて、割りばしが頸静脈孔に嵌入すれば、頸静脈を損傷して相当の出血が生じ、また、割りばしが頭蓋底を穿破すれば、髄液漏が生じることが十分に考えられるが、本件ではそれらの兆候はなかった。本件は、特異な例である。なお、異物が脳幹を直接損傷した場合にはほとんど即死で、非常に幸運であったとしても高度の意識障害、四肢麻痺が起きるが、患児の症状はそのような状態ではなかった。

以上のような事情を総合すると、本件の受傷機転及び創傷の部位からは、第1次・第2次救急外来の当直を担当していた耳鼻咽喉科の医師において、割りばしの刺入による頭蓋内損傷の蓋然性を想定するのは極めて困難であったと考えられる。

4 無罪の結論

  • 当時の医療水準に照らした場合、被告人に対し、第1次・第2次救急の耳鼻咽喉科の当直医として患児を初めて診察した段階で、直ちに頭蓋内損傷を疑ってCT検査やMRI検査をするべき注意義務がある、とするのは困難というほかない。
  • また、CT検査をしていたとしても、患児の救命はもちろん、延命も合理的な疑いを超える程度に確実に可能であったということはできないというほかない。

参考情報:“割りばし事件”、無罪に導いた医師証人、経験を語る(エムスリー)

参考リンク